21.4.25 土岐、瑞浪




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妻木城士屋敷(再訪) 妻木城(再訪)


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妻木城士屋敷の前に、のぼり旗が立ち並ぶ大きな駐車場あり 昨年の大河ドラマ・麒麟がくるの影響で、整備されたのでは?


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妻木城址の山の北麓に、妻木城士屋敷跡がある


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土岐明智氏が代々妻木郷を治めていたが、戦国時代に没落して、城主は一族の妻木氏i変わった


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妻木城士屋敷跡は、妻木氏が関ヶ原の戦い後、7500石の旗本となり交代寄合となったときの、陣屋と家臣団の屋敷跡の複合遺跡


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屋敷を囲む石垣がしっかり残っている


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実用的とは思えない、小さな井戸跡


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池跡とあるが、今は面影無いが、池のある庭園があったのだろうか?


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広い御屋敷跡 立派な屋敷があったと思われるが、どんな屋敷か想像出来ない


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門跡 屋敷へ上がる正門と思われる 


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枡形から門跡、この辺りが見栄えが一番良い


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門跡の横の石垣に枡形の標識があるが、枡形の意味が分からない


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御蔵跡の石垣


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何段かに区分けされた平地、往時は色んな建屋が立ち並んでいたのでしょう


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士屋敷跡の奥に、仮登山口の案内があり、ここが山頂の妻木城の登城口 城址まで30分の案内あるが、車でも山頂へ行ける


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そんなに悪路ではないが、砂利道を1.5km程走って、妻木城址の駐車場へ着く


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駐車場入り口にある看板 城郭をぐるっと囲むように散策路がある


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駐車場の上の山が城址 今日は日曜日で天気も良く、県指定史跡である妻木城へ訪れる人が大勢いる


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駐車場から城址への登り口 入ると直ぐ城郭になる


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三の曲輪と巨石群の標識 右の巨石群の方へ行く こちらは東周りで、北にある三の曲輪へ行ける


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巨石群の方へ入ると直ぐに、見事な堀切に出る 写真右が南曲輪になる


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南曲輪への登り口


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南曲輪から下の堀切を見る


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南曲輪の削平地 案内は何もない


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花崗岩と巨石群の節理の案内 節理とは、マグマが冷えて花崗岩になる時、収縮して割れ目が出来る現象


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どう見ても積んだ巨石に見えるが、これが節理で出来た割れ目とは凄い


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巨石群の横に、本曲輪へ上がる登り口があるが、ここは上がらず西の外回りの道を行く


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東側にある堀切


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堀切に巨岩があるが、これも節理で出来た割れ目と思われる


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堀切の上の土塁


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東側の谷は断崖絶壁で、覗くと足がビビる


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北端に三の曲輪がある


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三の曲輪からの眺め 遠くに御岳山や中央アルプスまで望めるようだ


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妻木町は大した町並みでないが、上から全体を眺めると中々の眺望


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遠くに微かに見える高い山 御岳山と思って撮る


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三の曲輪から降りる道 士屋敷跡から登って来ると、ここに出るようだ


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三の曲輪から二の曲輪への登り口


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二の曲輪の虎口に石の門もある


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二の曲輪から虎口を見下ろす


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暦応2年(1339年)土岐頼貞の孫、土岐明智彦九郎頼重が祖父の遺領を継いで妻木を領し築城、が定説だったが、発掘調査によって戦国時代と考えられる、と書かれている


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二の曲輪から本曲輪方面を見る


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本曲輪の虎口の石垣 野面積みと思うが、キレイに積まれていて、見栄えも中々良い


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本曲輪の広い平地


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枯れてしまっているが物見杉と案内ある 案内に、戦後下駄を作るのに切り取られたとあり、四角い切取り跡が分かる


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本曲輪に建つ八幡神社


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旗立岩の案内あり 岩の隙間にのぼり旗を立てていたと思う


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本曲輪に一の曲輪の看板は立っているが、立派な城跡であり、立派な城址碑があっても良いと思うのだが、城址碑はない


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本曲輪の西下の帯曲輪


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旗立岩の巨石を、帯曲輪から見上げる


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西側の外回りの道で、太鼓櫓の方へ行く


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高い土塁 この辺りは太鼓櫓の南下で、名前は付いていないが曲輪跡の感じがする


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土塁の下にある井戸跡


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太鼓櫓と蔵跡の間の堀切


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蔵跡の看板が立っているが、蔵跡へはロープ張ってあり進入禁止になっている


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進入禁止だが、ローブを潜って蔵跡に上がる 蔵跡から本曲輪への道を確認できる


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本曲輪の西下の帯曲輪 東下の帯曲輪と繋がっている感じで、本曲輪下を帯曲輪がぐるっと取り巻いている


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本曲輪から蔵跡へ降りる道も、ロープが張ってあり通行止めになっている


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蔵跡の西にある太鼓櫓への登り口 こちらは登れるようになっている


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太鼓櫓の丸い平地 この上に櫓が建ち、太鼓を叩いて時を知らせていたのを想像する


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太鼓櫓の南下にある大きな堀切 ここから堀切へ降りた形跡があるが、降りるのは超危険


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堀切下に十字が刻まれた巨岩がある


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堀切とくさび跡のある花崗岩の案内


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堀の掘削で、くさび跡の花崗岩が巨岩過ぎて、取り除けずにそのままになった、と案内されている


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くさび跡の巨岩があるその先(太鼓櫓の西下)も、大きな堀切が連続し、迫力ある眺めとなっている


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駐車場の登城口に、自由に持ち出せるパンフレットがあり、城郭を意識して巡ることが出来て、大変助かった


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崇禅寺に移築された妻木城門 崇禅寺の山門になっている


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威風堂々とした崇禅寺の本堂 崇禅寺は、妻木氏の祖・土岐明智彦九郎頼貞が1354年に開山し、妻木氏の菩提寺


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小里陣屋(再訪) 小里城(再訪)


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小里城は、天文3年(1534年)に小里出羽守光忠が築城 小里氏は土岐成瀬の四男・土岐元頼を祖としている


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山に入って直ぐ石垣跡がある 小里陣屋と小里城は、妻木城士屋敷と妻木城と同じで、山頂に詰城、麓に居館の構造となっている


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陣屋跡(御殿場跡)の東に東砦跡があり、先に東砦跡を見に行く


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東砦跡は陣屋の東側にあるが、山頂の城址からは南になる 陣屋を守るための砦だったのだろうか?


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東砦跡の方に、堀切がある筈だが何処にあるのか? 後で気付くが、この尾根を上がった先にあるようだ


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陣屋の入口に、立派な石垣の大手門跡 山頂の城は1534年の築城、陣屋は江戸時代初期であり、この大手門はどちらの門なのか悩む


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中々迫力がある大手門の石垣


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大手門を入ると御殿場跡の看板 旗本となった小里氏の陣屋跡だが、小里氏の居館でもあったので、御殿場と言うようだ


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御殿場跡から、山頂の小里城址までは500m 登り時間30分とあり、かなりキツイ山登りが予想される


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小里氏御殿場跡の石碑がある


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覚悟を決めて、御殿場からの大手道を登る


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100m毎に城址までの案内あるのは良いが、100mがかなりキツイ


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まむし注意の看板に後300mの案内 この200mに14分かかったので、後21分かかると計算してしまう


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300m地点の所は展望が開け、小里の町と遠くの山々の景色が中々良い


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登城道は整備されていて歩き易い 所々堀底の道となっている


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尾根道は城郭へ入る土橋で、あえて人一人通れる程に狭くしているように思う


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滅多に山城登りで、登城者に会うことは無いが、今日は天気の良い日曜日で、登城者も何人か見る この女性はペースが同じで、抜かれたり抜いたりが続くことに


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200mの標識から直ぐに30mの案内に驚いていると、あの女性が120mと教えてくれる


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120mの案内の直ぐ先に、大手曲輪跡 ここまで30分かかっている


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大手曲輪跡から見上げると石垣が見える


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二の曲輪への登り道は、急坂で巨石もありちょっと危険 ロープがあるので、しがみ付いて何とかクリアする


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二の曲輪の虎口


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狭い削平地の二の曲輪


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二の曲輪から谷を覗くと、断崖絶壁 二の曲輪の端は、石垣で崩れないよう補強されている


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本丸への虎口 本丸の入口に朽ちた休憩小屋が建っている


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何とか登城出来たが40分もかかる コースタイムオーバーだが、挫折せずに登城出来たことがとても嬉しい 


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城址の説明看板あるが、何か頭に残らない文章


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凄く立派な天守台があるのに驚く


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小領主の小里氏の城に、この天守台に相当する立派な天守があったとは、考えれない どうなっているんでしょう?


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天守台内に城山神社が祀られている


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本丸の中央に石垣で囲まれた天守台があり、四方から石垣を見ることが出来る こちらは東側の石垣


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やたら石が転がっているが、城跡に関連した石なんだろうか?


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本丸と帯曲輪の境が区別できないが、南側に本丸に続く平地に、帯曲輪の看板が立っている


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天守台の南から西側の石垣


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小里城の一番の見所は天守台の石垣と思う この石垣も野面積み?